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異世界食堂 作者:凡人A

クリームコロッケ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・たまに来るお客様ももちろん歓迎いたします。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
平原に無数にあるとある小さな国の片田舎にある、小さな町。
その町で満月の日の昼に開催される市場の一角で、1人の少年が鼻歌を謡いながら、料理をしていた。
「シチュー♪シチュー♪おいしいシチュー♪」
少年の背はおよそ大人の腰より少し上程度。靴を履かず、ふわふわの巻き毛が裏に生えた裸足を晒している。
そんな少年は火に掛けられてグツグツ音を立てる鍋を覗き込む。
一見すると子供のようだが、それを周りも当然と受け止めているのか何も言わない。
火の通りが均一になるように、早く煮上がるように小さく刻んだ野菜と肉を大きな鍋でグツグツ煮込む。

「よし!灰汁取り完了!煮込みも…オッケー!」
灰汁を地面に捨てて味見をし、肉と野菜が一通り柔らかくなったのを確認し、少年は声を掛ける。
「パッケ!ソースはできてる?」
「もちろん!はい、ピッケ!」
その言葉に両手で持つくらいの大きさの鍋を持ち、とてとてと近寄ってくるのは、同じ位の年頃で、やはり裸足の少女…パッケ。
彼女は少年…ピッケに白いソースがたっぷりと入った小鍋を渡す。
「よーし!後はこれを入れてミルクと一緒にかき混ぜて…」
ソースと買っておいた絞りたてのミルクを入れて蓋を閉じる。そのままソースが馴染むまで煮込んで…
「騎士のシチューの出来上がり!…ん~、いい匂い!」
蓋を取る。
あたりにふわりと漏れる、暖かなシチューの匂いに、市場を行きかう人々の足が止まる。

「はい!パッケもおひとつどうぞ!…うん!いつもどおり美味しい!」
「ありがとうピッケ!…ん~!おいし~!」
2人して木の碗で一杯分だけ味見をして、あまりの美味しさに手を取り合い小躍りする。
その足取りは軽快。
2人の種族…『ハーフリング』らしい動きであった。

ハーフリングは、人間の子供ほどの背丈と、柔らかな巻き毛が足の裏に生えた足を持つ種族である。
その性質は好奇心旺盛で落ち着きが無く、賑やかな場所を好んで一箇所に留まり定住する文化を持たない。
大人になると家族と別れてあちこちを旅し、そのうちに知り合ってウマがあったハーフリングの異性と結婚する。
その後旅をしながら子作りを行い、生まれたばかりの赤子と共にあちこちを放浪し、やがて大人になった子供が巣立っていくのを見送った後は死ぬまで夫婦で旅をする。
そんな種族であるが故にハーフリングは大抵1つは旅の中で生活の糧を得る技術を父母から子へと家族単位で受け継いでいる。

受け継ぐ技術は吟遊詩人の歌であったり、面白おかしい大道芸の技であったり、道行く人から物を無断で拝借する盗賊の技であったり、狩人の狩りの技であったり、売れるものを見極める行商の技であったりと家族ごとに様々である。
そしてピッケとパッケ。この2人の若いハーフリングの夫婦が持つ技術は『料理』の技術であった。
通常、ハーフリングの料理人は自分の店と言うものを持たず、ふらりと立ち寄った町の市場などで、仕入れた食材を調理して道行く客に売る。
森や道端で取れるハーブ程度ならともかく、香辛料、砂糖などのバカ高い調味料を使えるほどの金は持っていないし、珍しい食材なんかもほとんど無いので、頼れるのは己の調理の知識と腕のみ。
そんな技術である。

そしてパッケには1つ、旅路を支えるために親から教えてもらった秘伝のレシピがある。
この小さな国から遠く離れた『王国』で20年ほど前に発明され、革新的な美味に現在の国王である王太子から『騎士』の称号を与えられたという、牛の乳と小麦を使ったソース。
発祥の地である王国では今や慎ましやかな生活をしている農村であっても祭りの日にご馳走として出るほどに普及したものだが、この国ではまだ王のいる都でなら食べられる程度にしか普及していない。

それ故に、ピッケとパッケの作るシチューは、毎回大人気であった。
「さあさあお立会い!遠いとお~い王国の名物、騎士のソースを使ったシチューだよー!早いもの勝ちだよー!」
「お碗1杯で銅貨2枚!美味しいよー!売り切れたら今日はもう終わりだよー!」
出来上がったシチューを前に、2人して声を張り上げる。
騎士のソースの香ばしくて甘い匂いに零れそうになる唾をごくりと飲みながら。

その大きな声と芳しい匂いにつられた市場の買い物客たちがどやどやと集まってくる。
「おい。なんでえこの白いシチューは?」
その人垣の中から、代表して1人の中年の男がピッケに声を掛ける。
「へえ旦那!こいつは遠い国で生まれた騎士のソースを使ったシチューです!どうです、一杯味見て行きませんか?」
「お兄さんいい男だし、最初のお客さんだからサービスして大盛りにしますよ!ね?ね?」
朗らかに笑いながらピッケとパッケは流れるように男に勧める。
「まあ、そういうことなら…1杯くれや」
その勢いにおされるように、男は銅貨を2枚、パッケに渡す。
「ほいきた!どうぞ!」
「熱いので気をつけてね!」
シチューをたっぷり入れた粗末な木の碗と匙を男に渡す。
「おう…おおっ!?」
それを受け取り、口をつけた男が顔色を変えてシチューを啜り、驚きの声を上げる。

今までに食べたことの無い美味しいシチューだった。
一口大のサイコロ状に刻まれた脂の乗った豚の肉は柔らかく、ほろりととろける。
シチューの旨みをたっぷり含んだダンシャクはほっこりとしていて、口の中でほろほろと崩れていく。
バターでしっかりと炒められた後煮込まれたオラニエは溶けて甘味を出し、甘味を持つオレンジ色のカリュートは火がしっかり通っていて柔らかい。
そしてミルクとバターを使ったスープのかすかに甘く、こってりとした味。
このシチューは男が普段作る、塩の味付けのみのシチューとは比べ物にならない味がする。
この寒空の下で食べる、熱々のシチューと言う好条件を差っぴいても、ご馳走と言っても良い出来栄えだった。

「こいつぁうめえ!もう1杯くれや!」
思わず男は空になった碗と銅貨をピッケの前に突き出して言う。
「まいど!どんどん食べてね!」
「このシチューはねぇ~、パンと一緒に食べても美味しいよ!碗の中にこうパンをつけて、たっぷりとシチューを染み込ませて食べるの!
 そうするとね、パンが柔らかくなるし、噛むとたっぷり染み込んだシチューが口の中に広がるんだよ!」
碗にシチューをよそいながら、パッケが朗らかに言う。となりの露店の売り物である黒パンをちらりと見ながら。

集まった人垣の中からゴクリと唾を飲む音がいくつも聞こえる。
そして、客へと変わった人垣の人々が次々にシチューを注文しだす。
シチューを手に入れた客は隣の露店により、1食分に切り分けられた小さな黒パンを買ってシチューをつけて食べる。
あちこちからため息が上がり、何人かの客は再び木の碗を差し出してお代わりを求める。
「さあさあ早いもの勝ちだよ!今日はこれだけしか作ってないよ!」
「無くなったら終わりだよ!どんどん食べてね!」
かくて、シチューは昼前には売り切れ、ピッケとパッケは次の町に行くのに充分な路銀を手にしたのであった。

昼下がり。
「今日は~たっのしい~ドヨウの日~♪」
「イェイ!」
ピッケとパッケは宿屋に荷物を預け、調子外れの歌を歌いながら町外れの森の中を軽快に走っていた。
時折獣が蠢く音が聞こえるが、2人は気にしない。
野生の獣は基本的に臆病なのでこうして騒いでいれば襲ってこないし、万が一襲われても本気で逃げたハーフリングに追いつける獣などそうはいない。

「今日は何を食べようか?」
「え~っとね…最初は今日はシチューが全然余らなかったから騎士のソースの料理かな!」
「そうだね!そうしよう!お金もあるし!」
2人は嬉しそうに今日は何を食べるかを語り合う。
今日はいい日だ。
2人と同じくあっという間に売り切れた隣の黒パン売りには随分感謝されたし、つい先ほど予想外の収入…
2人の料理を食べた最初の客、町の宿屋の親父に懇願されて銀貨115枚と銅貨7枚で騎士のソースの作り方を教えたお陰でお金もたっぷりとある。
絶好の異世界食堂日和であった。

ピッケの手にはしわくちゃの羊皮紙が握られている。
それには無数の書き込みに混じってポツポツといくつか猫のマークが書かれている。
そう、それこそがハーフリングの間では知られている秘密…『ネコヤの扉』を表すマークだ。

ハーフリングの地図は、ちょっと特別な地図である。
何しろ種族全員が好奇心と気まぐれに支配され、てんでばらばらにあちこちを旅する種族なので、みんなそれぞれに土地に詳しい。
それ故にたまにハーフリング同士が行き会うと、彼らは地図を取り出し、お互いに知っていることを教えあう。
出し惜しみはしないし隠し立てもしない。
旅から旅へ生きる種族なので、これから行く土地のことを知っているかはとても大事なのをみんな知っているのだ。
そして、そんなハーフリングの間ではよく知られているのが『ネコヤの扉』である。

7日に1度のドヨウの日。
世界中のあちこちに猫が描かれた黒い扉が現れる。
それは『ネコヤ』と言う異世界の料理屋に繋がっていて、そこでは異世界の料理が食べられる。
異世界の料理はとびきり変わっていて、とても美味しい。
だから丁度ドヨウの日、扉の近くにいたら食べに行くといい。
きっと美味しい料理が食べられる、と。

ピッケもパッケも、ネコヤの扉と、その先にある異世界食堂のことは良く知っている。
何しろ2人は料理の技を学んだハーフリングだ。
料理に関することへの関心は人一倍強いし、食い意地だって人一倍。
お互い家族と一緒に異世界食堂に何度も行ったこともある。
異世界食堂の料理はどれも飛び切り変わっていて、飛び切り美味しい。

「とうちゃ~く!よし、ある!」
「他の人はぁ…いないね」
森の中の獣道からも外れた森の中心にぽっかりと浮かぶ黒い扉を無事発見したあと、キョロキョロと辺りを見渡し、近づいてくる他の人が居ないかを調べる。
ネコヤの扉は1日に1回しか使えない関係上、近隣に住む住人が『独占』していることが結構ある。
ハーフリングの間では有名な、リザードマンの祭壇に現れる扉はよそ者が使おうとしたら間違いなくリザードマンの群れに襲われるだろうし、『真夜中の貴婦人』が使ってるであろう扉など近寄った時点で灰も残らないほど焼き尽くされる。
そんな事情もあり、ハーフリングの間ではネコヤの扉を使う時は辺りを良く調べるのがマナーであり、鉄則であった。

「…うん。しばらく使われた形跡は無いね」
「じゃあ、行こっか」
「うん。行こう行こう!」
辺りを調べて、ここにしばらく扉が開けられそうな生き物が近寄ってないことを確認したあと2人は手を繋ぎ、ピッケが扉を開ける。
チリンチリンと響く鈴の音。

「いらっしゃい…おや、ピッケさんとパッケさんでしたっけ?お久しぶりですね」
ガヤガヤと、何人かの客を迎えて混雑してきた店に入ってきたピッケとパッケを見て、店主が言う。
「そうだね!前来たのはいつだっけ?」
「えっとね…たしか夏の終わりくらい!」
2人も慣れたもので朗らかに返す。
小人の人…ハーフリングは一箇所に定住しないため、異世界食堂を毎週訪れるような『常連』はいない。
たまたま土曜に扉の近くにいたハーフリングが訪れるため、ハーフリング自体は結構来るが、同じ客は滅多に来ないのだ。

「そんなことよりおじさん!まずはメニューをおくれよ!」
「それと今日の日替わり何?」
「はいはい。少々お待ちくださいね。それと、今日の日替わりはクリームコロッケです」
相変わらずテンションが高い2人に苦笑しながら、店主は今日の日替わりを告げる。
「クリームコロッケ!」
「騎士のソースのパンくず揚げ!」
まさに天命。2人は顔を見合わせてニコリと笑う。
「おじさん!まずはクリームコロッケ2人前おくれ!僕はライスね!」
「あたしはパン!あとメニューも一緒に持って来てね!今日もたくさん食べるから!」
席に着く前に注文を出し、ピッケとパッケは適当な椅子に座ってわくわくしながら足をプラプラさせる。
「はいはい…しっかし小人の人等はいつも元気だな」
そんな2人に苦笑しながら、店主は奥に引っ込んで行く。

「今日も色んな人がいるね、ピッケ!」
「そうだね!面白いね、パッケ!」
待っている間、ヒマを持て余してピッケとパッケは辺りをキョロキョロ見回す。
今日も異世界食堂には多種多様な客が集まっている。

ソースをたっぷり掛けた『メンチカツ』をおいしそうに食べる若い娘。
とろけるように甘い『パフェ』を幸せそうに食べる綺麗な服を着た若い娘。
熱心に『ナポリタン』を味わってはその感想を書き付けている商家の若旦那と言った風情の男。
その隣でいまいち何を考えてるか分からない無表情で『オムライス』を食べるリザードマン。
ピッケですらまだ食べたことが無い、腐った豆のソースを使った『ナットウスパ』を食べる、魔法の細剣を腰に吊ったエルフの男。
揃いの服を着たピッケの掌ほどの大きさの小人がテーブルの上に百人ほど集まって一皿の『ホットケーキ』を食べているテーブルまである。

普通一箇所にここまで色んな客が集まることは無い。
種族の壁すら越えて、料理を食べに来る場所。
異世界食堂はまさに異世界らしい変わった場所であった。

「面白いね、ピッケ!」
「そうだね!毎日来れるんだったら毎日来ても面白いだろうね、パッケ!」
そんな会話を交わしながら待っていると、ついに店主が料理を運んで来る。

「お待たせしました。クリームコロッケです」
熱々の料理が店主の手で並べられていく。
刻んだ生の葉野菜と、赤くて小さいマルメットの実が乗った皿に並べられた、熱々の小麦色のクリームコロッケが3つ。
「「お~!」」
2人の声がハモる。
本日最初の料理に、2人は大いに期待しながらナイフとフォークを取る。

さくりと、心地よい音と共にナイフがクリームコロッケに入る。
とろりと、あふれ出すのは赤いものが混じった白い騎士のソース。
ふわりと、溢れる騎士のソースの良い匂いに2人は鼻をぴくぴくと動かす。
ぱくりと、口に含むと広がるのは、騎士のソース独特の、素朴な甘味を含んだ濃厚な味と、それに混ぜ込まれた海の味を含んだ魚とは違う柔らかな肉の味。
「「ん~!」」
似たもの夫婦なピッケとパッケは同時に声を上げ、ほっほっと熱い蒸気を口の中から逃がしながら飲み込む。
「おいし~!」
「海の味がする~!」
それぞれに、自分が食べたものの味を語り合う。
異世界食堂の料理は、今日も絶好調だった。

「じゃあ今度は…僕はこっち!」
「あたしはこっち!」
2個目は示し合わせたように別々のクリームコロッケに手を出したピッケとパッケがそれぞれに食べたクリームコロッケの中身を報告する。

「こっちは燻製肉ときのこだった!」
ピッケが食べたクリームコロッケの中身は、燻製肉ときのこだった。
小さく細切りにされて炒められ、適度に脂の抜けた燻製肉と、肉厚の茸。
二つの旨みを吸い込んだクリームが口いっぱいに広がる。
食べ応えがあり、一緒に食べるライスともよく合う味だった。

「こっちは黄色い粒々!甘いの!」
一方のパッケが食べたクリームコロッケの中身は、黄色い野菜の粒。
黄色い野菜はとても甘く、まるで果物のよう。
それが騎士のソースが元々持っている甘さを更に強め、お菓子のように甘いコロッケとする。
かすかな甘味を持つこちらのパンと一緒に食べても美味しい一品だった。

「そっか!じゃあ僕もこっち…うん!甘くておいしい!」
「あたしはこっち!うん!お肉の味がしておいしい!」
ピッケとパッケはそれぞれ最後のクリームコロッケに手を出し、一皿のクリームコロッケを全て食べ終える。

「うん!おいしかった!…で、次何食べようか?」
「え~っとねぇ…」
それから2人は顔を突き合わせ、メニューを覗きこむ。
2人とも、まったく食べたりていない。
人間の子供ほどの大きさだが、人間の何倍も食べられるハーフリングの2人。
彼らの食事は始まったばかりなのだ。


「おいしかったね…」
「うん!久しぶりだから、ちょっと食べ過ぎたかも」
1人当たり10人前の食事を平らげ、明日のお弁当としてサンドイッチを包んで貰って戻ってきたころ、辺りはすっかり暗くなっていた。
流石の2人の胃袋もパンパンで、2人の顔は満足げだ。
「今日はもう戻ろうか!」
「うん!ふわふわお布団で寝ようね!」
そんなことを騒々しく語り合いながら、宿屋への道を急ぐ。
「次はどこいこっか?」
「う~んとね…あの、海の味がするクリームコロッケがおいしかったから、海がいいかな!」
あっさりと、次に行く場所を決める。常に旅を続ける、ハーフリングらしいあっけなさで。
「そっか!だったら今度はそのまま船に乗ろうか!僕まだ大きいのには乗ったこと無いんだ!」
「あ、私も!それいいかも!そうしよう!」
仲睦まじく語り合い、笑いあうハーフリングの2人を、空に上った満月が煌々と照らしていた。
今日はここまで
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